2026.05.13 Wed.
腰椎分離症からの復活 バスケットボール選手🏀 宇都宮市 接骨院くら
腰痛・臀部痛(腰椎分離症)
部活動とクラブチームを掛け持ちするバスケットボール選手。1年前から腰痛が始まり、当初は練習後の筋肉痛様の痛みだったが、次第に練習以外の日常生活でも痛むようになった。獨協医科大学整形外科の精密検査で腰椎分離症(終末期)と診断。腰部コルセットを処方され「治らないのでバスケットは無理のない範囲で」と指示を受けた。鍼灸・マッサージ等を試みたが改善せず、試合では1分も持たずに腰を押さえてプレーするほど悪化。知人の紹介で当院へ来院した。
| 評価項目 | 初回 | 2回目 | 3回目 | 4回目 | 5回目 | 6回目 | 7回目 | 8回目 | 9回目 | 10回目 | 11回目 | 12回目 | 13回目 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 症状の程度 | 7 | 5 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 2 | 2 | 0 | 0 |
| 予期不安 | 8 | 6 | 4 | 4 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 3 | 1 | 1 |
| CGI-I(改善度) | — | 3 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 1 | 1 |
| CGI-S(初回重症度) | 7 | 初回のみ | |||||||||||
本症例は、腰椎分離症(終末期)の診断を受け、複数の治療機関での施術にも改善が見られなかった中学2年生の女子バスケットボール選手に対し、PCRTを用いて約4ヶ月・13回の施術で完治に導いた症例である。
①「ストレスと痛みの関係」を患者自身が自覚した瞬間(8回目)
②キャプテンとしての苦悩を「宿題」によって自己内省し解釈を変容させた瞬間(12回目)
初診時、患者・父親ともに症状改善への期待を失っていた。大学病院で「治らない」と告げられた言葉が心理的な重荷になっていたが、「骨は治らなくても痛みは改善できる」という視点を共有したことで患者の希望を取り戻すことができた。
初回から3回目まではハード面調整中心で症状は70%まで改善したが、治療後に症状がぶり返すパターンが続いた。これは誤作動記憶の残存を示唆しており、4回目からPCRT認知調整法へと転換した。
EB検査で確認された反応言語は「恐怖・警戒心・義務・期待・復讐心・自立心・猜疑心」など、対人関係やバスケットボールにおける自己評価・他者評価に関連するものであった。腰椎分離症という器質的変化が存在していても、慢性化した痛みの主体が誤作動記憶であったと考えられ、PCRTによる神経・情報系へのアプローチが有効だった。
PCRT認知調整法は単なる疼痛改善にとどまらず、シュート成功率の向上・競技パフォーマンスの向上・人間力の成長、さらにチームメイトへの紹介という波及効果をもたらした。心と体を一体として捉える有機生命論的思考の有効性を示す症例である。
倉持 怜史
接骨院くら / 臨床歴14年目 / PCRT歴6年
報告日:2026年4月
「治らない」と言われた少女の奇跡 腰椎分離症を克服し、コートに戻るための「心の調律」
01 突然の診断と絶望
栃木県選抜にも選ばれていた中学2年生の女の子。エースとして活躍していた彼女を、ある日突然激しい腰の痛みが襲いました。
精密検査の結果は「腰椎分離症(終末期)」。大学病院の医師から告げられた言葉は、14歳の少女にはあまりに残酷なものでした。
「もう骨がつくことはない。バスケットボールは、一生無理のない範囲でやりなさい」
鍼灸やマッサージでも改善せず、授業中に椅子へ座り続けることすら苦痛という日々。1分もプレーできない状態が続いていました。
02 骨が治らなくても、痛みは消える
当院の施術者は、絶望に沈む少女と父親に静かに、しかし確信を持って伝えました。
「分離している骨は治らなくても、痛みは改善できます」
「骨が折れているから痛い」というハードウェアの故障だけが、痛みのすべての原因ではありません。この新しい視点に触れた瞬間、少女の目に一筋の光が戻りました。
痛みの出所が骨そのものではなく、脳や神経系の反応にあるなら、復帰は不可能ではない。この希望こそが、治癒に向けた最大のエンジンとなりました。
03 「ぶり返す痛み」の正体
アクティベータメソッドによる身体調整で、症状は一時的に7割ほど改善しました。しかし、数日経つと再び激痛が戻る「ぶり返し」が続きます。
身体(ハードウェア)を整えても、脳(ソフトウェア)が痛みをすでに記憶してしまっている。これが慢性痛の本質です。
かつての骨折の衝撃や恐怖が脳に深く刻まれ、動くたびに「身体を守れ」という過剰な防衛反応を引き起こし続けていたのです。4回目の施術からはPCRT認知調整法を導入し、身体を触るだけでなく、痛みのスイッチとなっている「脳の記憶」を書き換える作業が始まりました。
04 「エースの呪縛」が生んでいた痛み
検査を進めると、彼女の身体が「バスケットボール」という言葉に、強い恐怖と警戒心の反応を示していることがわかりました。
「県選抜だから上手くて当然」「失敗して評価を下げるのが怖い」——彼女は無意識のうちに、失敗から自分を守るための「保険」をかけていました。「腰が痛いから仕方ない」という言い訳を、身体が痛みとして具現化していたのです。
施術者が「人を魅了する選手とは?」と問うと、彼女は「失敗を恐れずチャレンジし続ける選手」と答えました。しかし今の自分は、失敗が怖い自分を隠すために痛みを使っている。この自己矛盾に気づいたとき、身体の防衛反応が消え始めました。
05 キャプテン就任という新たな重圧
12回目の施術時、新チームのキャプテンに就任したことで、指導者への義務感やチームをまとめる責任感が、新たな誤作動のスイッチとなりました。
施術者はその場で答えを出さず、彼女に「宿題」を出しました。「キャプテンになって得られるメリットが3つあるとしたら何か?」という問いです。
数日後、彼女から届いたLINEにはこう書かれていました。忍耐力が高まる。人前で堂々と発言できるようになる。あらゆる物事に心の余裕が持てるようになる。
重圧を「逃げたいもの」から「自分を磨く糧」へと解釈し直したとき、脳の誤作動信号は劇的に沈静化しました。
06 コーチへの疑念がシュートを乱した
腰の痛みが消えた後、今度は「シュート成功率の低下」という壁が現れました。分析すると、同級生の姉でもあるコーチへの複雑な不信感が原因でした。
「なぜ私ばかり厳しく言われるのか?」「プライベートな話が筒抜けになっているのではないか?」——この疑念が、繊細な神経制御を乱していたのです。
「コーチがわざわざ厳しく言うのはなぜか?」という視点に立ったとき、「信頼しているからこそ、キャプテンである私を通じてチームを導こうとしている」という解釈に至りました。猜疑心が霧散すると同時に、シュート精度も元の輝きを取り戻しました。
07 全13回の施術を終えて
症状レベルは10から0へ、予期不安は8から1へと劇的に改善しました。大学病院で「一生治らない」と宣告された少女は今、以前よりも強靭な精神性を備えたエースとして、コートの上で躍動しています。
この変化は、単なる腰痛の治癒ではありません。「骨が壊れているから痛む」という考え方を手放し、心と体をひとつのシステムとして捉えたことがもたらした結果です。
あなたの「治らない不調」も、実は故障ではなく、過去の経験や抑圧された感情が作り出した脳の誤作動かもしれません。その痛みは、あなたが本来の自分を取り戻すための「心の調律」を求めているメッセージではないでしょうか。






